エネルギー転換がもたらす課題と機会

2024-04-30
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欧州のエネルギー危機は米国で原油・ガス価格を高騰させました。また、世界中で頻発している気候変動の影響による災害は脱炭素の必要性を鮮明にしています。再生可能エネルギー源からの発電量を増やし、需要面の効率性を上げ、気候変動の影響の緩和策や適応策に投資することで、社会は長期的なコストを削減できます。そして、このような取り組みでエネルギー自給率と国家安全保障を高めることにより、気候変動の最悪の影響を軽減できると考えます。

欧州のエネルギー危機の最悪期だった2022年8月、欧州の天然ガス価格は過去平均の約20倍の1メガワット時当たり300ユーロ超まで高騰しました1。足元は、暖冬、需要の減退、天然ガスの豊富な備蓄を受け、天然ガス価格はいくらか正常化しています。しかし、市場関係者は、依然として長期的なエネルギー価格について懸念しています。コストの削減、エネルギー安全保障の強化、気候変動への耐性強化といった構造的なテーマは、政策当局に多くの課題を提示する一方、投資家には重要な投資機会をもたらします。

低炭素社会への移行には、巨額の資本と様々なインセンティブや政策変更、そして化石燃料依存度の段階的な引き下げが必要です。世界的なエネルギー転換は電力セクターにとどまりません。送電網の再構築からインフラ設備、農業、水・排水システムの強化まで、経済を支える主要システムに多額の投資が行われると予想します。エネルギーや天然資源をより効率的に生産、分配、消費する新たな方法を見出すことも重要になるでしょう。加えて、炭素系燃料、特に天然ガスなどの「ブリッジ(過渡期)燃料」の継続的な使用は、本格的な脱炭素のプロセスに必要と見ています。想定される電力需要の増大とインフラ設備の大規模な再建を踏まえれば、炭化水素への需要の高まりは今後数十年にわたり続くとみられます。世界のクリーン・エネルギー投資は、現在の政策ガイドラインに基づくと、2030年までに年間2兆米ドル規模に増える可能性があります2

低炭素社会への移行に伴う幅広い投資機会

脱炭素は財政的および社会的な課題が多い一方、民間企業の創意工夫はそうした壁を乗り越える一つの鍵と考えます。革新的な企業は、エネルギー転換を支え、社会が気候変動への耐性を強めるための施策をすでに見出しています。これらの企業の多くは、原材料コストの低下や需要の増大をうまく活用しています。エネルギー転換と気候変動は世界的な課題であることから対象市場は巨大で、継続的な成長機会が見込まれます。

再生可能エネルギーと電力インフラ

脱炭素の数ある投資テーマのうち、最も注目を集め、かつ経済的合理性を備えているのが再生可能エネルギーです。現在、新規の風力・太陽光発電所の運転維持費は、天然ガス・石炭火力発電所を下回ります。風力・太陽光発電所の初期設置費用は高いものの、これらの施設の耐用年数は30年程度におよび、その間の追加コストはほとんどかかりません。再生可能エネルギーの生産コストは時間の経過とともに償却されるため、天然ガスや石炭とは異なり低減していきます。脱炭素の推進プロセスにかかわらず、エネルギー構成における再生可能エネルギーの比率が高まることで、消費者価格はいずれ低下すると考えられます。

特筆すべきは、クリーン電力の拡大に必要なのはパネルやタービンだけではないことです。現時点では再生可能エネルギーは実行可能なベースロード電源(安定的に発電できる電源)ではありません。それゆえに、バッテリーや燃料電池のような技術への投資のほか、送電を容易にするより効率的な手法への投資が増えていくと考えます。再生可能エネルギー環境を見据えた電力インフラの近代化や再構築を支える企業は、今後数十年にわたり景気サイクルの影響を受けにくい安定的かつ経常的な利益を享受する可能性があります。

気候変動の緩和策とエネルギー効率化

エネルギー転換における再生可能エネルギーの安定供給は、考慮すべき要素の一つに過ぎません。世界は需要面の効率性を高め、エネルギー消費全体を削減するソリューションに投資する必要もあるでしょう。高品質の絶縁体、照明システム、家電製品、スマートメーター、効率的な冷暖房や空調などは需要が拡大すると考えます。これらの技術は一般的にあまり注目されていませんが、総合するとエネルギーの節約量は大きく、温暖化ガス排出量削減に貢献します。電気自動車(EV)やスマート輸送技術のほか、植物性たんぱく質や農家が肥料などをより有効かつ効率的に使用する技術、廃棄物のエネルギー利用、炭素回収・利用・貯蔵システムなどは、気候変動による影響の緩和策につながります。

気候変動の適応策とレジリエンス

社会が気候変動に適応し、レジリエンス(耐性・回復力)を強めることにつながるソリューションも高い成長が期待されます。過去排出された温暖化ガスは、数十年(場合によっては数百年)にわたり大気中に残ります。地球温暖化の原因となる化学物質の残存と避けられない気候変動の物理的リスクに対して、農業、輸送、インフラ設備の耐性を強化する必要があります。具体的なソリューションとしては、耐熱鋼材やその他の建設資材、透水性舗装、干ばつに強い種や穀物、気候変動関連データ・プロバイダー、予測技術、水・排水管理など広範に及びます。

ウエリントンは、ウッドウェル気候研究センターの科学者やマサチューセッツ工科大学の「地球規模の変化に対する科学と政策のジョイントプログラム」との共同調査を通じて、気候変動の物理的リスクと移行リスクの影響や相互関連を研究し、測定しています。この2つのリスクを理解することは、気候変動の課題を解決する鍵となります。熱波、干ばつ、水不足、森林火災、ハリケーン、洪水、海面上昇などの物理的リスクは、政策や規制の強化など低炭素社会への移行リスクを加速させます。また、脱炭素社会の実現を後押しするソリューションは、将来にわたり市場、経済、人々の生活に悪影響を与える物理的リスクの軽減に役立ちます。

エネルギー転換に関する4つの課題

課題①:経済全体から見た脱炭素は、あらゆるメガトレンドと同じように、日常的なものから体系的なものまで多くの課題を伴います。そのうち過小評価されている障壁の一つが「認可」です。現在の欧州においてオンショアで風力発電所を稼働させるには、約8年を要する時間と手間のかかる認可を得なければなりません。

課題②:投資を促進させる市場の安定も懸案事項です。政策当局はデベロッパーに対し、潜在的な投資リターンと収益性に関する長期的な見通しのベースとなるインセンティブ制度を策定することが求められます。この事例が米国インフレ削減法です。2022年に制定された同法は、企業に10年間にわたる市場の安定を図る期間と長期的な利益を推定するフレームワークを提供します。欧州委員会は現在、脱ロシア化石燃料のEUの行動計画「REPowerEU」と新たなネットゼロ産業法に類似の構造を加えることを検討しています。

課題③:3つ目の課題は送電網インフラと電力貯蔵です。再生可能エネルギーは電力の供給が断続的であるため、ベースロード電源にはなりません。貯蔵の問題が解決するまで、ほとんどの発電所と送電網は電力を可能な限り効率的に供給するための再構築が必要です。

課題④:脱炭素を阻害する最大のハードルは、世界最大の温暖化ガス排出者である従来型エネルギー企業の行動変化と言えるでしょう。エネルギー転換に向けた化石燃料依存度の段階的な引き下げの中で、エネルギーのコスト構造の変化、エネルギー安全保障を見据えた政策の調整、地球温暖化および気候変動に対する消費者の意識の高まりを受け、従来型の化石燃料企業は方向転換を迫られています。

多くの従来型エネルギー企業は、今やクリーン・テクノロジーへの追加投資と資本配分に注力しており、既存の化石燃料インフラによるキャッシュフローを将来のクリーン・エネルギー・プロジェクトに振り向けています。複数の大手エネルギー企業は、再生可能エネルギーやその他のサステナブル(持続可能)・プロジェクトに数十億米ドルの巨額の資金を投じています。これらの大手エネルギー企業は依然として化石燃料に依存していますが、市場の流れを理解し、将来の低炭素社会での競争に備えています。

1出所:ブルームバーグ。2「Government Spending Energy Tracker」国際エネルギー機関(2022年12月9日)

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アラン・スー​

株式ポートフォリオ・マネジャー
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ティム・キャサレット

グローバル産業アナリスト