人的資本経営の価値

2024-05-30
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近年、ウエリントンの強い関心のひ一つは「労使関係は、企業の持続的競争力にどのような影響を与えるか」というものです。私たちは「人(People)、地球(Planet)、利益(Profit)との良好な関係を重視した多角的な取り組みをとっている企業は、長期にわたり価値を生み出し、企業間競争で優位に立てる」との信念を持っています。中でも「従業員」はこの考えの重要な構成要素です。しかし、経済の不確実性、高いインフレ率、人手不足が相まって、企業が従業員を重視した優れたスチュワードシップ責任を果たす「グッド・スチュワード」として行動することは困難です。それでも、企業が人的資本に着目して社会的に評価を得る経営を実践することは、持続的な成功や中長期的な価値創造の前提条件として一段と重要になっています。

不安定な環境下で重要性増す、企業のスチュワードシップ責任

優れたスチュワードシップ責任と投資収益の相関性に対する私たちの信念は、2つの哲学に基づいています。1つ目は「高い競争力を持つ企業は一貫して収益が資本コストを上回り、長期にわたる魅力的な投資収益を生み出す」こと。2つ目は「そうした企業がすべてのステークホルダー(利害関係者)に対し、長期かつ優れたスチュワードシップ責任を果たせば、持続的な成功を収められる確率はさらに高まる」という考えです。

企業のスチュワードシップ責任は、長期にわたる持続可能な投資収益の源泉と言えます。現在、特に差別化要因として注目を集めているのは、企業が新たなマクロ経済環境に適応して成功することを後押しするスチュワードシップ責任の可能性です。ウエリントンのマクロ・ストラテジストが指摘するように、今後の経済環境の特徴は高水準で不安定なインフレ率、高い金利、より振れ幅の大きい景気循環が予想されます。そのためサプライチェーン維持には継続的にプレッシャーがかかり、地政学的な不確実性や気候変動の影響がそれに拍車をかけ、企業はより厳しい経済環境やより分断された世界への対処を迫られる見通しです。ウォーレン・バフェット氏の有名な言葉(Only when the tide goes out do you discover who's been swimming naked)を言い換えるならば、「マクロ経済環境が不安定になるほど、優良企業が目立つようになる」のです。未来のリーダー企業はセクターや地域を問わず、また様々な市場環境において、課題に対する適応能力で自らを差別化していくでしょう。コロナ禍の収束後、優れたスチュワードシップ責任を果たしている企業はサプライチェーンを強化し、そのレジリエンス(耐性・回復力)や信頼性を高めることで差別化を図っています。企業の経営陣は、深刻な人手不足環境下での優秀な人材確保が求められています。この労働市場の力学の変化は循環要因ではなく長期要因の結果であり、企業はしばらくの間、賃上げ圧力にさらされることになるでしょう。

なぜ今、「労働力」が長期的な投資テーマなのか

今後、「労働力」は重要かつ長期的な投資テーマとなり、環境・社会・ガバナンス(ESG)要素が将来にわたる企業業績にいかに大きな影響を与えるかを示す好例になるでしょう。過去30年間、安価かつ豊富な労働力を利用してきたトレンドに変化の兆しが見えています。人口動態の変化、移民の制限、コロナ禍、労働力の移動、脱グローバル化といった多くの要因が、柔軟かつ豊富な労働力プールの縮小=人手不足につながっています。その結果、人材獲得コストが上昇すると共に、労働者の賃上げや労働条件見直しを要求する力が増しています。資本と労働力が均衡を得るには、従来の賃金サイクル以上の労働の対価が必要になるでしょう。これは長期的な傾向であり、経営者にとって人件費は引き続き上昇する見通しです。

優れた経営者の差別化戦略とは

優れた経営者は、積極的かつ思慮深いアプローチで労働力に投資し、他社と差別化を図るでしょう。そうした企業は、従業員の仕事に対する積極性や生産性の向上が期待できるほか、顧客やサプライヤー、その他のステークホルダーからの評判の向上といった恩恵も享受できるとみられます。賃金水準は重要ですが、それは労働力への投資における最初の一歩に過ぎません。年金制度、医療・介護、業務内容の柔軟性、休暇手当など、賃金以外の福利厚生の充実も同業他社との違いを示すのに役立ちます。人材獲得競争が激化する中、特にエントリー・レベルで優秀な人材を見極め、引き付けるための革新的なアプローチを策定することで、ビジネス環境での優位性を生み出せるかもしれません。

今の時代の企業は、性別や民族による賃金格差を解消し、より公平な従業員報酬制度を構築する能力でも評価されます。社会から経営の透明性や公平性が高いと認められた企業は、従業員の採用や雇用維持で同業他社より優位に立つ可能性があります。

これらは長期トレンドであり、企業エンゲージメントに積極的な投資家にとっては追い風となるでしょう。一見すると同じように見える賃金引き上げを、従業員への投資に真剣に取り組んでいる結果か、それともインフレ調整という短期的対応の一環に過ぎないか区別できるからです。ミーティングや現場訪問、取締役会とのエンゲージメントは投資先企業との貴重な接点です。エンゲージメント活動は投資家に対し、企業が従業員と触れ合い、対話し、労働市場の新たなトレンドに対処するため積極的にイノベーションを進めている確証を与えてくれます。

短期の勝ち組企業を未来のリーダーに変える条件

従業員を大事にする企業は、彼らの仕事に対する積極性や忠誠心といったソフトでありながら重要な指標で高い評価を獲得でき、ひいては企業業績でも確かな恩恵を享受できるでしょう。多くの企業にとって、人件費は1、2を争う費用項目です。従業員の定着率の向上や採用・教育コストの削減が進めば、直ちに収益性が改善し、長期的な成功の基盤の支えとなります。

一方、このような人材を重要な資本とみなす経営の成功は、他のステークホルダーが負担するコストや持続的な株主還元方針などとのバランスが不可欠です。この多面的なパズルを解くことのできる企業が、未来のリーダーの有力候補と言えるでしょう。

Mark Mandel

マーク・マンデル

株式ポートフォリオ・マネジャー
yolanda courtines

ヨランダ・コーティンス

株式ポートフォリオ・マネジャー