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英国市場急落の影響、グローバル市場と投資家の反応

2023-10-18
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インベストメント・ストラテジーの共同ヘッドであるナターシャ・ブルック・ウォルターズとマクロストラテジストのジョン・バトラーが、英国市場の最近の急落がグローバル市場と投資家に与える影響について考察します。(本稿は2022年10月6日のウェブキャストの要約です。)

結論

  • ボラティリティの一層の上昇を予想します。インフレ圧力が高まる環境下で、中央銀行と政策当局は、インフレ率を抑制する一方で、成長率やシステムの脆弱性への懸念にも対処する必要があり、難しい政策運営を迫られています。
  • 政策当局と中央銀行の介入を注視します。英国は現在非難の的となっています。財政政策と金融政策との間に矛盾が生じているばかりか、その政策ミックスが投資に重大な影響を与える可能性があります。 
  • 市場の混乱と無差別的な売りによって生じる投資機会に注目します。
  • リスク管理と資産配分のフレームワーク、さらには流動性ニーズを再検討すべきと考えます。

何が起きたのか

9月下旬、英ポンドと英国債に歴史的な動きがみられました。英ポンド/米ドル相場は9月26日に1ポンド=1.0350米ドルと変動相場制移行後の最安値を付け、その2日後の28日には英国10年債利回りが4.59%に、30年債は9月半ばの3.5%から5%を超える水準に上昇しました。30年債利回りの年初の水準が約1.2%であったことを考えると、いかに大きく急激な変動であったかがわかります。通貨と金利の標準から逸脱した動きにより、英国の年金基金は大きな損失を被りました。英国の確定給付年金基金の多くが、年金給付と現金収入の一致を図るライアビリティ・ドリブン・インベストメント(LDI=債務連動型運用)で活用していたデリバティブ取引のマージンコール(追加担保差し入れの要求)に直面しました。  

金利急騰を受けて、LDIに基づき合成した超長期金利スワップに時価評価損が発生し、マージンコールを迫られたのです。これは悪循環を生み出しました。マージンコールを迫られた年金基金が売却した資産には長期の英国債や社債が含まれていたため、英国長期債の利回りは一段と上昇しました。意外なことに、株式など、通常は流動性のバッファーとは関係のない資産も売却されました。

この悪循環と市場の混乱は非常に深刻で、イングランド銀行(BOE)は9月28日に、動揺を鎮めるため、2週間の緊急国債買い入れに動きました。

マクロ経済の見通し

マクロストラテジスト ジョン・バトラ

市場混乱を引き起こした根本的要因 

構造的要因によるインフレの復活:9月下旬に英国で起こった事態は、構造的な供給不足とウクライナ情勢のような外的要因によって、世界中でインフレが復活したことと関連付けて考える必要があります。私たちは今や、インフレと成長率とが明確なトレードオフ関係にある、新たな投資レジーム(投資環境)に突入しつつあると考えられます。インフレが勢いを強めているため、各国の中央銀行はインフレ率の鈍化の確信が持てない限り、金融引き締めの手を緩めることはできません。つまり、私たちは、より頻繁にリセッションに陥るような、変動が激しく、好不況がより鮮明な景気サイクルに慣れる必要があります。中央銀行の現在の任務は非常に複雑なものです。インフレ率が目標を上回る中、構造的な供給不足と40年ぶりの世界的な低失業率に取り組む必要に迫られています。これは、長期債を不安定化させる1970年代のようなインフレの定着を防ぐことと、そのための金融引き締めにより、持続的な低位安定金利を前提とした環境にシステミック・リスクをもたらさないようにすることとの間で微妙なバランスを取ることを求めます。 

政策矛盾の解決は困難:英国はこの矛盾の見本です。同国は欧州連合(EU)からの離脱により、先進国の中でも最も深刻な供給ショックを経験しているにもかかわらず、依然として、需要を喚起する金融・財政政策を採ろうとしています。これは高水準の経常収支赤字につながります。EU離脱を決した国民投票以降、英国は、対内直接投資(海外企業の対英直接投資)ではなく、外国人投資家による英国債への投資に依存してきました。同国のGDP比7.5%に相当する財政刺激策の発表は海外からの資金調達の必要性を一層高めました。従って、英ポンドと英国債の投資に、これまでよりも高いリスクプレミアムを要求する市場の反応は至極妥当であると考えられます。危機のきっかけは財政政策についての市場とのコミュニケーションの失敗ですが、根本的な問題は過去何年間にもわたり醸成されており、BOEが他の中央銀行と比較し、インフレに対して弱腰であるとの見方によって一層深刻化しました。 

今後注視すべきこと

BOEの国債買い入れにより、とりあえず事態は収拾されましたが、基本的な状況に変化はありません。失業率は過去最低水準にあり、インフレ率は2桁を記録し、問題の財政刺激策は大枠で維持されています。確かに世帯収入は住宅ローン金利の上昇により圧迫されますが、光熱費補助の措置によって、一部が相殺されるでしょう。私は、この支援策が名目インフレ率を2023年末までに4.5%程度まで押し下げると予測しています。このように補正予算案には幾つかのプラスの要素があるものの、賃金が依然として高い伸びを示していること、生産性の急激な改善が望めないことから、インフレ率の下方硬直性は高まるでしょう。これは、BOEがインフレ目標の信頼性を維持するために、金利を大幅に引き上げる必要があることを意味します。しかし、これは市場が悪材料に敏感な現在、金融の安定化を脅かすことになります。私は今後の展開を左右する重要な日程として以下に注目しています。 

  • 10月14日:英国債の緊急買い入れが終了するとき、市場はBOEの決意を試すかもしれないという、現実的なリスクが存在します。BOEは未だ年金基金への影響と自らの対応能力を十分には理解していないとみています。 市場が再び混乱に陥れば、直接的な流動性供給とは異なる仕組みである可能性が高いものの、何らかの追加の量的緩和策が採られるでしょう。この措置には金融政策委員会(MPC)が関わり、従って、BOEは物価安定目標を犠牲にしても金融の安定化を優先する構えであることを明確に示すことになります。 
  • 10月末~11月:英国政府の補正予算案と長期的な財政政策の詳細が明らかになるでしょう。 
  • 11月3日:次回のMPCにおいて、BOEが1%以上の大幅な利上げを決定すれば、物価安定に専心する姿勢を堅持しているとのメッセージを送ることになります。

他の市場への影響

BOEが緊急の量的緩和に乗り出し、オーストラリア準備銀行が利上げ幅を抑制したことから、その他の中央銀行が金融の安定化と成長率への懸念により政策を転換する可能性がないかを市場は注意深く見守っています。私の基本シナリオではありませんが、そのような政策転換は1970年代のような長期にわたるインフレ率の上昇を招くことになります。不適切な政策を採る他の国の動向も注視する必要があります。これに当てはまるのがイタリアです。予想通り、イタリアの新政権がフランスやドイツに倣って光熱費支援策を発表したなら、引火点になる可能性があります。この財政刺激策を受けて、イタリア国債のドイツ国債に対するスプレッドが大幅に拡大すれば、欧州中央銀行(ECB)はドイツ国債を売り、その利回りは上昇するでしょう。これは、英国債利回りにも影響を与えることになります。英国の経常赤字のほぼ全てを穴埋めしている欧州の機関投資家がドイツ国債よりも英国債を選択するには、それに見合う高いプレミアムを要求する可能性があるからです。

上振れの可能性は

私は、金融引き締め策と長期的成長を重視する財政政策との組み合わせであれば、より適切な政策ミックスであり、持続可能で前向きな転換であると考えます。しかし、政策当局が需要の大幅な削減や、インフレ克服に必要なリセッションをいとわないか、少なくとも容認することができない限り、成長率とインフレとがトレードオフ関係にあり、リスク資産が急上昇と急落とを繰り返すような、これまでよりも短いサイクルの振動を私たちは経験する可能性が高いでしょう。 

投資への影響 

インベストメント・ストラテジー共同ヘッド ナターシャ・ブルック・ウォルターズ

現在、私たちが直面しているのは市場が急速に変動する環境です。これまでのところ、ウエリントンの運用担当者は、マクロストラテジストの知見を支援に、この環境をうまく切り抜けていますが、経済、政策、地政学を改めて注視する必要があります。3つの要因どれについても楽観視することはできませんが、投資機会が生じていることも事実です。例えば、当社で毎日開催されるモーニング・ミーティングやその他の議論の場において、株式とクレジットの両方について、一部の運用担当者は無差別的な売りから生じている投資機会について言及しています。  

先週私たちが主に懸念していたのは、連鎖リスク、特に米国の年金基金への危機の波及です。当社の米国年金の専門家であるエイミー・トレイナーとこの問題について協議した際に、G7諸国のような非常に流動性が高い市場に危機が波及した場合には、リスク・マネジャーは直ちに、あらゆる年金基金のお客様口座について、そのポートフォリオとリスク・エクスポージャーを見直し、想定以上の金利変動に対応できるだけの十分な流動性を確保しておくべきとの結論に至りました。また、英国と米国との年金制度の違いと連鎖リスクの潜在的経路を深く掘り下げて調査し、米国の年金基金は英国の年金基金よりも実物債券を多く活用しているなどの理由から、危機の波及の可能性は限定的だとの結論も得ました。今回の事態が発生した際に、米国の年金基金についても、一部は迅速に流動性を調達する必要がありましたが、英国でみられたような大規模な影響はありませんでした。 

私たちは当面の連鎖リスクは限定的であると考えています。残念ながら、市場では標準から逸脱する動きが複数観察されました。それらに対処することは容易ではありませんが、それらがいつも広範な連鎖リスクにつながるわけでもありません。一方で、今回の市場の混乱は、より変動が激しく、インフレ圧力の高い環境に突入したため、システム内にゆがみが生じていることを私たちに知らせる警鐘だと考えられます。これを念頭に置いて、英国での事態は資産配分と流動性の方針の見直しの重要性を知らせるものであると捉えました。

英国ショックの影響を評価するために、お客様と複数回にわたり協議を行い、注視すべき分野として以下の3つを特定しました。

  • 英国の年金基金のお客様との協議では、多くの場合、積立比率の改善を背景に、負債の削減が可能であることを考慮し、流動性ニーズに応える最善の方法、または、長期社債市場にアクセスする最善の方法に重点が置かれました。
  • 新たな投資機会:年金基金のお客様に限らず、英国市場ばかりか、他の市場において、リスク・エクスポージャーを引き上げるチャンスと有望な投資機会を追求するお客様から意見を求められました。私たちは様々な資産クラスで興味深い投資機会を見出しましたが、特にハイイールド社債、新興国市場、長期社債に投資妙味があるとみています。
  • また、より一般的には、リスク管理、流動性、資産配分およびポートフォリオについても様々な質問がありました。それらの中には、リスクモデルの大幅な変動やリスク管理における優先事項を考慮し、資産配分やオーバーレイ運用の規模の見直しなどが含まれていました。当然のことながら、ポートフォリオの流動性の構成の見直しを図るお客様もいます。
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ナターシャ・ブルック・
ウォルダーズ

インベストメント・ストラテジー
共同ヘッド
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ジョン・バトラー

マクロ・ストラテジスト