【2024年市場展望】

AI革命のマクロ的影響:
市場は正しいのか?

2024-12-16
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※下記コメントは2023年11月(米国時間)時点のものであり、将来予告なく変更される場合があります。

人工知能(AI)の進歩は、潜在成長率と長期実質金利予想をともに引き上げることでマクロ環境を大きく変える可能性があると考えますが、いつ、どの程度引き上げるかは不透明です。本稿では、脱グローバル化と人口動態の変化という背景を踏まえ、こうした疑問に答えるための基本的な考え方をご紹介します。

AIはマクロ情勢にどのような変化をもたらすか?

生成AIは人間に近いアウトプットを生成し、自然言語処理と幅広い応用可能性を備えた非常に便利な技術です。

AI主導の自動化が成功すれば、効率性が向上し、より生産性の高い仕事にリソースを割くことで、生産性の向上が期待されます。そうした効果は、潜在成長率と自然利子率(Rスター:経済に対して緩和的でも引き締め的でもない中立的な実質金利の水準)があまりに低く、金利が投資を刺激するほど低下することがないという長期停滞の懸念が最も一般的な市場テーマの一つであった環境では、歓迎されるでしょう。

マクロ環境への影響の大きさ

十分なデータがないため、AIがマクロ環境に及ぼす影響を予測するのは極めて困難です。いくつかの学術研究(図表1)は、ボトムアップ方式によるセクター別の自動化の可能性と、過去の技術進歩の採用速度に基づき、予測を試みています。当然ながら、生産性向上の可能性に関する推定値の範囲は大きく、タスクの自動化のレベル、それに伴う構造的な人員整理、導入のスケジュールに関する想定にも左右されます。

要するに、これらの研究では生産性上昇率が0.5~6.8%の範囲で上昇し得ると予測されますが、その意味合いは明らかに大きく異なります。この7件の研究を平均したところ、推定される生産性上昇率は2.5%に上り、(生産に占める労働力の割合から推測される)潜在的な潜在成長率は0.1%~2.0%(平均して1.0%)上昇する可能性があり、推定値の範囲は非常に広いです。

図表1

生成AIが生産性を押し上げる余地:様々な研究による推定値

出所:ウエリントン・マネージメント。2023年10月時点。※上記は過去の実績および将来の予測であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。 

債券利回りにどう関係するか?

世界金融危機以降、債券の実質利回りは急激に低下していますが、その主な要因は以下の2つです。

  • リスクプレミアムの大幅な縮小:2008年以前は平均して+100~+200ベーシスポイント(bps)の範囲にあったのに対し、その後の大半の期間で-100~0bpsの範囲まで縮小しました。
  • 自然利子率の推定値の急低下:2008年以前の200bpsから、その後は-100~+100bpsの範囲まで急低下しました。

自然利子率の推移は、生産性や実質GDP成長率のトレンドと高い相関関係を持つため(図表2)、自然利子率の推定値が、世界金融危機後の生産性の急低下と同時期に起きていることは驚くべきことではありません。私たちは、先進国の自然利子率がゼロまで低下したのは、イノベーションの欠如、人口の高齢化、教育水準の低下、所得分布の歪みなどによって需給が低迷したためであると確信していました。その結果、各国の中央銀行は支出と投資を刺激するのに十分な金利引き下げに苦慮し、金利の下限撤廃や、場合によってはマイナス領域への金利引き下げが議論されました。

図表2 

主要7カ国(G7)の生産性上昇率と利回りの推移(%)

出所:OECD、リフィニティブ1などのデータに基づき、ウエリントン・マネージメント作成。2023年10月時点。※上記は過去の実績および将来の予測であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。

AIによって、低下傾向にある生産性が上向くのであれば、過去15年間に景気を減速させるのに十分であった金利水準は、もはや十分ではなくなるかもしれません。金利の上昇は、主に長期的な資本収益率の上昇見通しを反映しているため、リスク資産のバリュエーションの上昇と密接に関連している可能性もあります。事実、市場が「AIは生産性を向上させ、潜在成長率を上昇させる」という期待を、いくらか織り込み始めている可能性を示した暫定的な証拠があります。

シナリオに反する動き

AI移行のスピード、想定される自動化の程度、そしてAIに職を奪われる可能性のある雇用の割合は、まだあまり明らかになっていません。私たちの見るところ、まだ未解決の最も重要な疑問は次の2つでしょう。

  1. 投資はどこへいったのか?
    通常、生産性上昇率の上昇は設備投資の増加と連動します。しかし、新型コロナウイルス感染症の感染急拡大に伴う都市封鎖を経て、世界経済が再開して以降、世界の設備投資は総じて、特に米国以外では期待外れであり、最近では世界の設備投資計画も減少傾向にあります。
  2. 政府はどう対応するか?
    AIは大量の職を奪うでしょう。ゴールドマン・サックスのレポートによると、AIによって今後10年間で世界の3億人分のフルタイムの仕事が奪われる可能性があると推定されます。2歴史的に、イノベーションは常に新たな業種と新規雇用を生み出してきました。例えば、現在存在する仕事の大部分は50年前には存在していませんでした。しかしながら、イノベーションに伴う不確実性は政府にとって重大な課題です。マクロ的観点から見た正しい対応は、政策の重点を主に労働者の再教育に集中させ、労働者が迅速に適応し、より生産的なアウトプットへとシフトできるよう支援することです。ただ、重大な政治反発が起きる可能性を想定すると、政府の対応は主にセーフティネットの改善と失業に伴うコストの削減に的を絞ったものとなりかねず、そうなれば、自然利子率へのプラスの影響は弱まり、場合によってはインフレ率の急上昇につながるでしょう。

より広範囲の文脈で捉える

考慮すべきもう1つの重要な要素として、AIの進歩は単体で起きるものではありません。高所得国では人口動態の変化や脱グローバル化をはじめとする他の複数の構造的要因が人件費を上昇させ、生産性が低下しているため、これらの新技術を採用するインセンティブはより高くなっています。

  • 人口動態-AIは、高所得国で予想される労働人口の減少がもたらす悪影響を相殺するのに役立つ可能性がありますが、どの程度の効果が得られるかはまだ不明です。
  • 脱グローバル化-私たちの研究によれば、脱グローバル化は今後ますます強まり、生産性を低下させるという、AIとは逆の方向に作用する可能性があります。あるいは、脱グローバル化によって労働コストが上昇するため、AIを導入するインセンティブは高まるかもしれません。そして、AIの導入が成功すれば、外国人労働者やサプライチェーンを利用する必要性も低くなるため、各国は脱グローバル化のプロセスをさらに加速させるとも考えられます。現段階では、どちらの動きが優勢になるかを判断するのは不可能です。

まとめ

  • AIはマクロ環境を変化させ、長期停滞というテーマを打ち消す可能性を秘めていると考えられ、市場がこの可能性を織り込み始めている暫定的な証拠もあります。
  • 市場は将来を予想して織り込むべきですが、これまでの投資実績がないこと、また潜在的な雇用喪失に対する政府の対応が不透明であり、よってAI導入の過程でインフレを招く可能性があることを考えると、市場の動きは時期尚早であると考えられます。
  • 加えて、導入の速度、その適用範囲、そして使用レベルも考慮すべき重要な要素です。AIの潜在力は、脱グローバル化と人口動態の変化を踏まえて評価すべきだと考えます。どちらの要因も潜在成長率と長期実質金利を抑制する可能性が高いためです。
  • すべてを考慮すると、市場参加者が「AIがどの程度生産性を高め、潜在成長率をどの程度押し上げるか」を見極めようとしている状況で、私たちは金利と資産価格の大幅な調整に備えるべきだと言えるでしょう。

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ジョン・バトラー

マクロ・ストラテジスト