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日本が英国型の年金危機に見舞われる可能性はあるのか?

2024-01-31
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量的緩和(QE)が長期にわたり続いた後、日本がついに他の先進国に仲間入りし、金融引き締めに転じる兆候が出始めています。しかし、政策正常化への道筋は、不適切な政策が英ポンドと英国債券の急落を引き起こし、年金制度の安定を脅かした英国の例に示されるように、危険を伴います。債務残高(対GDP)比率が250%に近く、経済がまだ比較的に脆弱な日本は、急激な利回り上昇を背景に、英国に次いで同じような事態を経験する国になる可能性はあるのでしょうか。

その可能性に対する最も明白な反論は、日銀は金融システムの安定に対するリスクを強く意識しており、極めて段階的にのみ正常化を進めるというものです。実際問題として、日銀が2022年末に行ったイールドカーブ・コントロール政策の微調整に対する市場の反応に示されるように、正常化を段階的に達成することは容易ではないと思われます。日銀がその意図より遥かに早期にQEプログラムを終了せざるを得ないシナリオを軽視するべきではありません。表面上、そうした強制的な転換は、日本の年金制度全体に波及するシステミック・リスクをもたらす可能性があり、それは英国で起きた問題と同じであっても、世界最大の純債権者としての日本の立場を踏まえると、遥かに幅広い影響を及ぼします。

両国の年金制度と政策ジレンマの間にはある程度の類似性があるものの、単純に類推することはできません。結論として、日本が英国の年金危機に類似する危機を経験するリスクは、両年金制度間のバリュエーション手法やレバレッジ差の観点から、低いと思われます。

年金セクターの違い

割引率 — 日本では、確定給付年金基金の債務のバリュエーションは一定の割引率に基づく一方、英国では、市場金利と整合的な(時価評価された)割引率に基づきます。そのため、英国の年金基金の債務価値は、長期金利の変動に伴い劇的に変動する可能性がある一方、日本の年金基金の債務価値は、概ね安定したままです。

レバレッジの利用 — 長年にわたり、英国の年金基金は、債務連動型運用(LDI)戦略を通じて、潜在的に変動が激しい金利リスク・エクスポージャーを削減するよう強い圧力を受けてきました。しかし、多くの年金制度は脆弱な積立状況のため、これらのヘッジを実行するにあたり、レポや金利スワップを利用して多額の(3倍に達する場合もある)レバレッジが用いられていました。英国の補正予算(財源の裏付けない減税案)が引き起こした英国債券利回りの高騰は、これらの金利スワップ・ポジションを赤字(含み損)に陥らせました。英年金制度は、差し迫るマージン・コールに対応するために流動性の高い保有資産の売却を余儀なくされ、さらなる金利上昇により追加のマージン・コールにつながるという悪循環を生み出し、その悪循環はイングランド銀行の介入によってようやく止められました。一方、日本の年金基金は通常、デリバティブに基づくLDI戦略に依存していないため、予想外のマージン・コールを受けるという流動性リスクに見舞われることはありません。

総じて、日本の年金基金はレバレッジを限定的とする傾向があります。図表は、日本の年金基金が保有する資産のタイプと総額を大まかに示しています。同図は、超低利回り局面が長く続いたにもかかわらず、年金理事会のレバレッジに対するリスク回避志向と高度なデリバティブ運用の複雑性から、日本の年金基金が歴史的にデリバティブを多用していないことを示しています(図表ご参照)。

図表

日本の年金基金の主要資産概要(億円)

日本の年金基金の主要資産概要(億円)

出所:日本銀行のデータに基づき、ウエリントン・マネージメント作成。※上記は過去の実績であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。

海外の投資家も、国内外のボラティリティ上昇によって、日本の年金基金が保有する海外資産を売却せざるを得ない可能性を心配していますが、そうした懸念は、これらの海外資産が日本の年金ポートフォリオにおいて果たす重要な役割を無視しています。例えば、日本の公的年金基金は、国内債券と外国債券に加え、国内株式と外国株式にそれぞれ約25%ずつ投資しています。これらの海外資産の保有は、ポートフォリオの戦略的資産配分に欠かせない要素であるため、日本の年金基金が当面、これらの外国債券を一方的に売却する可能性は低いと思われます。当面の資金フローは、主に目標資産配分を構成する各資産クラス間のリバランスに基づいて調整されると見込まれます。

要約すると、バリュエーション手法やデリバティブの利用に関する最も顕著な違いなど、日英間の年金制度の主な違いを踏まえると、日本の年金セクターが英国で最近見られたようなシステミックな危機に見舞われる可能性は低いと思われます。日本のQE終了に伴う可能性がある潜在的な市場の混乱による影響を免れるというわけではありませんが、ボラティリティの高騰は一時的であり、システミック・ショックからは程遠いと予想されます。

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駱 正彦(ろう まさひこ)

インベストメント・ディレクター