ポッドキャストの日本語抄訳レポート

新たなサステナビリティ開示基準、
投資への影響とは?

2024-11-27
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下記コメントは2023年9月のポッドキャストに基づく日本語抄訳です。完全版(英語のみ)はこちら をご聴取ください。 

2023年、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」および「気候関連開示」の2つのIFRSサステナビリティ開示基準を公表しました。なぜこのような開示基準が極めて重要なのでしょうか?ISSBは企業に何を求めているのでしょうか? 

キャロライナ・サン・マーティン(以下、キャロライナ):国際サステナビリティ基準審議会(ISSB: International Sustainability Standards Board)の新たな開示基準が導入されることにより、金融市場における今後の効率的な資本配分に大きな変化が生じるでしょう。投資プロセスにおけるサステナビリティ統合の主流化は、これまで以上に勢いづくことが予想されます。米国では報道も少なく、大げさに聞こえるかもしれません。しかし、将来振り返った際に、現在のこの時点がサステナビリティ統合の主流化の転機だったと認識されると私は考えています。企業には投資家の投資判断に影響を与え得る重要課題の開示が求められています。

財務報告や投資家との対話の観点から、現在の流れは今後どのように企業を変えるでしょうか?その一環として、財務上重要な情報は誰がどのように判断するのでしょうか?

キャロライナ:新たな開示基準の導入において、企業はゼロからスタートする必要はなく、米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB:Sustainability Accounting Standards Board)の開示基準を活用すればよいのです。SASB基準は実績があり、すでに市場に受け入れられ、採用されています。企業でも活用され、業種に特化した定義が定められています。業種別のマテリアリティ(企業の重要課題)基準を提供していることも、私たちがSASB基準を長年支持している理由の一つです。その点を考慮すると、企業がどういった課題に取り組んでいるかによって、マテリアリティのトピックは変わってきます。ウエリントンをはじめとする金融業界は、人が最大の資産です。だからこそ私たちは企業文化を重視し、優秀な人材の確保・定着を図ることで価値創造を目指しています。例えば、ウエリントンとは全く異なるビジネスモデルの資源採掘産業においては、エネルギーコストや、操業中の事故を回避することによるソーシャル・ライセンス(企業活動が社会的に認められること)の維持が最も重要でしょう。つまり、マテリアリティの定義はビジネスモデルによって異なり、投資家が企業およびその企業の将来性をどう評価するかに大きく影響することになります。

そして、誰が何を重要と判断するのか。その答えは、ISSBの構造にあります。ISSBは国際会計基準(IFRS:International Financial Reporting Standards)財団の傘下であり、IFRS財団自身も従来の財務諸表に基づく情報開示の基準策定を担っています。だからこそ、投資家ニーズへの対応はその活動趣旨の一つであり、付託事項でもあります。

日本の株主アクティビズムは進化を遂げ、この10年の変化は目覚ましいと言えるでしょう。その後も現在に至るまで、動きが加速しています。2014年の日本版スチュワードシップ・コードおよび2015年のコーポレートガバナンス・コード(ダブル・コード)をきっかけに、透明性、取締役会の独立性、自社株買いなどの課題が明確に重要視されるようになりました。日本国内での株主アクティビズムの変化をどう見ていますか?また、何が変化を後押ししているのでしょうか?

岩井克浩(以下、岩井):ご案内の通り、日本は株式持ち合いやメインバンク主導によるガバナンスにより、独自の株式アクティビズムの道を歩んできました(ステークホルダーモデルと呼ばれています)。ただし、90年代後半のバブルの崩壊によりこのステークホルダーモデルに変化が訪れました。その様な中、アクティビズムの第一波が2000年代初頭日本に訪れました。初期のアクティビズムの概念自体は目新しく、革命的でしたが、市場から支持を得るには至りませんでした。当時のアクティビストは、対象企業のビジネスモデルを十分に理解することなく、短期的な利益で恩恵を受けようとしたにすぎず、規制もまだ十分に整備されていなかったからです。

アクティビズムの第二波が成功を収めている主因は、成長戦略の一環として政府の後押しがあることです。いわゆる「ダブル・コード」はスチュワードシップ活動とエンゲージメントの強化を目的としており、企業が資本効率を改善し、長期的成長を持続させ、イノベーションを再び取り戻すよう動機付けるものとなりました。こうした改革は、長期的な視野を持つ質の高いアクティビストを国内市場に招き入れる契機にもなりました。その結果、取締役会の改善も後押しし、日本企業の株主還元は著しく改善しています。次のステップとして、事業ポートフォリオ管理の強化があります。日本国内での目下の問題は、多くの業種で統合が進まず、極めて低水準の収益性から脱却できていないことです。そこで現在、規制当局がM&Aおよび企業買収ガイドラインの明確化、財務報告の見直しに取り組んでおり、これはISSB開示基準とも密接に関係しています。今後も徐々に改革が進むことが予想されますが、根気強く、強力な政策支援が必要です。未だ改善サイクルの中期段階だと私は感じています。

ISSBの新しいグローバル開示基準は、投資家との関連性の高いサステナビリティ課題にフォーカスしています。現在、日本国内に起きている変化にこれらの開示基準がどのような影響を与えると思いますか?

岩井:コーポレートガバナンス・コードを受けて、日本企業はすでにサステナビリティに関する情報開示を大幅に強化し始めています。日本では有報(有価証券報告書)と呼ばれ、10-Kに相当する年次財務報告において、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づく情報開示が行われています。そしてそれこそが、昨今の改革がうまくいっている理由の一つで、鍵はダブル・コードです。規則遵守や集団思考といった日本人の行動パターンのプラスの影響が活かされています。ISSB開示基準が求められ、質の高い情報がより透明性の高い方法で開示されることによって、日本国内でのESGの浸透がさらに進むのではないかと私は予想しています。その結果、グローバル産業の国際比較がはるかに容易になります。

一つ大きな改善点を指摘するならば、企業が戦略を実行するために情報をどのように活用し、企業価値を向上させることができると考えているのかをもっと開示すべきと考えます。住宅不動産、自動車、機械、素材分野の多くの日本企業は非常に優れた環境技術を備えていますが、例えば顧客のスコープ3温室効果ガス排出量の削減に自社製品がどう貢献するかといったストーリーを伝えることがそれほど得意ではありません。そのため、資本市場とのコミュニケーションの強化が、私たちのチームの最近のエンゲージメント項目の一つです。

ウエリントンの日本株式運用チームのエンゲージメントを通じて、企業価値が高まった最近の事例はありますか?

岩井:ある生命保険会社は、株価EV倍率の低迷を懸念していました。私たちは過剰資本の認識、株主還元、M&Aにおける規律、持ち合い株の削減に改善の余地があると考えました。そこで、グローバル産業アナリスト(GIA)、ESGアナリスト等のグローバルのリソースを同社のファンダメンタルズ分析やエンゲージメントに活用しました。実際に、私たちからの提案事項を明確に伝えるためのエンゲージメントレターを送り、同業他社が行っている改善事例を説明しました。その後、同社は株主還元の強化を実施するなど、徐々に変化が現れています。

2つ目の事例は日本のトラックメーカーです。ここでも、私たち日本株式運用チーム、ESGアナリスト、GIAの三者からなるチームが、積極的な議決権の行使とエンゲージメントを通じて同社の長期的な価値向上を支援しました。2020年10月以降、私たちは同社の取締役会宛に3通の書簡を送り、さらに複数回にわたりエンゲージメントを実施しました。このようなケースでの成功の秘訣は忍耐強さです。私たちは、収益性の改善、バランスシートの最適化、脱炭素化の取り組みに関する情報開示などを重点項目としました。こうした働きかけが実を結び、同社は株主還元の大幅な改善、取締役の独立性や多様性など、複数の具体的な成果があがりました。また、ネットゼロを念頭においた温室効果ガス削減目標が策定され、TCFDの提言に従った気候変動の取り組みに関する情報開示についても改善されました。

お客様の目的を実現するうえで、エンゲージメントとアクティブ・オーナーシップ(株主としての企業への積極的な働きかけ)の重要性をこの2つの事例からご理解いただけると思います。最も重要な点は、これらの改善がこの2つの銘柄の再評価につながったということです。私たちのエンゲージメント活動は結果を重視しています。効果的なエンゲージメント活動は、ダウンサイドリスクをできるだけ抑えながら株価上昇に貢献すると確信しています。ウエリントンではESGエンゲージメントを攻守両方の視点から活用しています。

つまるところ、ESGの改善が日本の企業文化に変化を引き起こしているのでしょうか?ソーシャルエクイティ、公平性、環境意識、ガバナンス、企業の責任に向けた意識変化が規制当局の行動を促しているのでしょうか?

岩井:環境や社会的側面を含め、日本では以前から幅広いステークホルダーの利益をバランスした経営を行ってきました。これまでは従来はそれほど高い評価を受けませんでしたが、サステナビリティを重視する新潮流の中では、期待を上回るとまでは行かないものの、期待を満たす水準であると思います。社会と企業文化をバランスさせる日本の美徳はこれからも変わらないはずです。そして、日本以外の世界が追いつきつつあると思います。一つ注目すべきは、日本はこの30年の間に、低成長や一貫性のない政策、自然災害などさまざまなマクロの課題を経験してきました。そして今や、日本と同じような経験をする国が増えています。例えば、30年前の日本と現在の中国との類似点、相違点について数多くの議論が繰り広げられています。重要な点は、日本企業はこうした逆境の中でも、多様なステークホルダーのバランスを取りながら利益を伸ばす術を見つけてきました。最後に、この枠組みの中でも日本が改善できる項目が数多くあります。例えば、資本効率・持続成長率の改善や、ESGに関する取り組みや情報開示における透明性のさらなる強化もその一つです。これらは規制当局の現在の重点課題でもあります。私たちは日本の美徳、忍耐強さ、変化、が今後日本株式市場の魅力を高める原動力になると考えています。

日本における株主アクティビズムの高まりが企業価値を向上させる可能性があるとの見方が高まる中、それに向けた最善の方法は何だと考えますか?

岩井:日本株式運用チームの3つのアプローチをご紹介しましょう。1つ目は幅広い機会を探すこと。私たちのエンゲージメントアジェンダには、株主還元、事業ポートフォリオ管理、資本市場とのコミュニケーションなど、多岐にわたるトピックが含まれています。日本ではESGの浸透が十分とは言えませんので、投資対象企業はベストプラクティスと改善策を適宜取り入れる必要があります。日本企業の半数以上はネットキャッシュがプラスであり、特殊な状況です。ところが市場がその価値に対して与える価値が低い傾向にあります。カバレッジが薄い中小型株は特にその傾向があります。私たちの経験上、資本政策を改善すればバリュエーションの大幅な再評価につながる可能性が高く、先程の2社の事例もそれを証明しています。

2つ目のアプローチは、各地域とグローバルの視点の融合です。先程の事例からわかるとおり、日本の株式市場は海外投資家が原動力です。そこで規模を活かしながらグローバルリソースを有効活用し、協調的なエンゲージメント活動を行うことが成功の鍵を握ります。

3つ目は、エンゲージメント活動において日本独自の行動パターンを理解し、活かすこと。日本における変化は多くの場合、緩やかです。我々が日本拠点に在籍し、企業を定期的に訪れることで、その企業の変化を捉え、促すことが成功を導く重要な手段です。そして、集団思考や規則遵守など、日本人の行動特性のプラスの影響を理解し、活かすことの重要性を改めて強調したいと思います。先日、東京証券取引所が「PBR(株価純資産倍率)1倍超」を要請しましたが、多くの企業が非常に前向きにこれに対応しています。これも好例の一つだと思います。この3つが私たちチームの主なアプローチです。

キャロライナ:それは「スチュワードシップ・アルファ」と呼ばれることもありますね。私たちはアクティブ運用者として、相対的に有利な立場からこの活動を行うことができると考えています。なぜなら、私たちには詳細なファンダメンタルズ調査を行うリソースがあり、エンゲージメント活動を私たちの競争優位性の一つだと考えているからです。私たちは投資先企業と直接対話ができ、現地市場に根差した専門知識もあります。また、私たちは世界全体で年間18,000回以上の企業ミーティングを実施し、エンゲージメント・メッセージを伝え、お客様の投資収益の向上を図る機会があります。私たちは株式や債券の買い手であり売り手でもあるため、企業は私たちの意見に耳を傾け、積極的に意見を求めてくるのです。

そして重要な点として、アクティブ運用者であることが、強圧的ではなく建設的なエンゲージメントにつながると考えています。私たちはアクティブな投資判断を通じて株主となることを選択することから、投資先企業の成功を応援しており、改善点を提案する場合は、前向きな意図を持って提案します。最後に、ウエリントンのエンゲージメント活動には独自の側面があります。岩井をはじめとするポートフォリオ・マネージャーやESGアナリスト、株式アナリスト、クレジットアナリストなど、多くの専門家が一堂に会していることです。だからこそ、企業は多様な視点に触れ、私たちは多様なレンズを介して企業を深く理解することができるのです。スチュワードシップのプロセスを通じてご説明したすべての事柄が本日のトピックであるマテリアリティに再び帰結します。私たちはこれらのツールを駆使し、顧客価値の最大化を目指しています。

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岩井 克浩

株式ポートフォリオ・マネジャー
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キャロライナ・サン・マーティン

ディレクター、ESGリサーチ