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生物多様性に注目すべき理由

2024-03-31
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地球の多様で豊かな生態系は経済の成長と発展を支える「自然資本」の源泉となってきました。しかし科学者らの間では、人間の活動が生態系を急速に悪化させ、人々の健康、経済の安定、資産価値に重大な影響を及ぼし得る生物多様性の損失を引き起こしているとの意見で一致しています。こうした科学的コンセンサスを踏まえ、ウエリントンの気候リサーチを含むサステナブル投資チームは、資産運用業界が生物多様性損失の潜在的な影響を理解し、関連する財務リスクを低減する方法を探る必要があると考え、それらをより適切に評価できるようにするために、ウエリントンでは生物多様性に関するリサーチを進めています。

生物多様性損失の要因

生物多様性は、非常に複雑かつ多岐にわたります。生物多様性および生態系サービスに関する「政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)」は、生物多様性を「陸上、海洋、その他の水界の生態系と、それらが複合した生態系を含む、あらゆる源から誕生した生物の間の変異性」と定義しています1。変異性には属性の違いだけでなく、「種間、生物群集、生態系内の生息分布・個体数の変化や生息時間・空間の変化」も含まれます。

生物多様性の損失を引き起こす要因は無数にありますが、IPBESでは直接的な要因はを次のように分類しています2

  • 土地利用変化
  • 気候変動
  • 汚染
  • 天然資源の利用と搾取
  • 外来種

これらの要因による生物多様性の損失の影響は広範囲に及んでいます。具体的には、地球環境と重要な生態系の破壊、人の健康へのリスク、社会構造への打撃と紛争の可能性、長期の経済的損失などが挙げられます。

気候変動と生物多様性

調査によると、温暖化の進行に伴い潜在的に危険な気象にさらされている生物種の数が増え、これらの長期的な存続が脅かされる恐れがあります。温暖化対策として、土壌、永久凍土、森林などの天然資源の炭素貯蓄効果が注目されています。マングローブやサンゴ礁といった地上と地下の生態系も、気候変動対策として関心が高まっています。

現在、生物多様性の損失規模を測る指標はありませんが、科学者は規模が急拡大していることを裏付ける証拠が増えていると指摘します。世界自然保護基金(WWF)は、世界の野生動物の個体数が1970年~2018年の間に平均69%減少したと報告しています3。また、IPBESの2019年の報告書では、動植物100万種が絶滅の危機に瀕しており、その多くは数十年以内に実際に絶滅する恐れがあると強調しています4

生物多様性損失の経済的コスト

健全な生態系は、持続可能な経済と社会にとって不可欠です。自然資本はもはや事業プロセスへの無償の財源投入ではありません。保全や健全な生態系維持に責任を持つことは企業にとって必要な資産と言えるでしょう。しかし、生物多様性の損失が経済に及ぼし得る影響の全容をつかむことは容易ではありません。現時点ではデータの信頼性は低く、一貫性に欠けています。企業と政府は生物多様性の恩恵を受けると同時にその損失を助長しています。特に鉱工業生産のサプライチェーンは生物多様性に依存し、自然資本に広範囲にわたり影響を与えています。

世界経済フォーラム(WEF)は、世界のGDPの半分以上に相当する約44兆米ドルの経済価値の創出が自然資本に中~高程度依存しているとの試算を発表しています。さらに、WEFによると自然資本への依存度が最も高い建設、農業、食品・飲料の3つのセクターは、ドイツ経済のおよそ2倍に相当する約8兆米ドルの粗付加価値額を生み出しています5

生物多様性の損失はすでに目に見える形で経済に打撃をもたらしています。IPBESの2019年の評価では、世界の陸域の23%で生産性が低下しており、昆虫など植物の受粉を助ける送粉者が減少しているため、年間最大5,770億米ドルに上る穀物生産が危機にさらされていることが明らかになりました。さらに、様々な汚染により海洋に400カ所以上の「デッドゾーン」が生じ、その面積は英国を上回る合計24万5,000平方キロメートル超となっていることが示されています。

想定される活動のロードマップ

ウエリントンのサステナブル投資チームは、生物多様性の損失に関する理解を深め、様々な資産クラス、証券、地域における財務リスクを評価することが、私たちの受託者責任と考えます。現在の資産運用業界には、生物多様性を運用プロセスに完全に組み込むための適切なデータや枠組みが不足しています。しかし、規制当局や金融機関などが自然の重要性に焦点を当て始めていることから、データの可用性は急速に向上すると見込まれます。

気候変動と同様に、生物多様性に対する認識は金融市場に浸透していくでしょう。生物多様性に関する要素を投資判断に組み入れるまでには、主に以下の4つのステップが考えられます。

  1. 科学者の懸念の裏づけ:生物多様性の損失への関心が高まる中、それらの対応が不可欠であることを示す科学的根拠を明らかにしていくことが必要です。
  2. 世界の政策当局による規制の見直し:科学的根拠が増加する中、主要国政府は生物多様性の対応策を検討しています。2022年にモントリオールで開催された国連の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)がその動きを後押ししていくと考えます。
  3. 企業の取り組みを促進:規制の変化に伴い、エンゲージメントや議決権行使を通じ、投資先企業に生物多様性への理解と配慮を促していくことが求められます。
  4. 情報開示の改善と標準化:生物多様性リスクに関する理解の深まりや関連データの可用性の向上は情報開示の標準化につながると共に、運用担当者のリスク評価を進化させ、企業の取り組みを後押ししていくでしょう。

ウエリントンの生物多様性に関する取り組み:新たな概念を探る

ウエリントンは世界有数の独立系科学研究機関「ウッドウェル気候研究センター」(以下、ウッドウェル)と気候変動の物理的リスクに関する調査や、米国マサチューセッツ工科大学「地球規模の変化に対する科学と政策のジョイントプログラム」と低炭素社会への移行リスクの分析を進めています。これらの共同調査は、気候変動が金融市場に与える影響を理解するうえでの架け橋となることを目指しており、生物多様性に関する調査も開始しました。

生物多様性に関するウッドウェルとの共同調査では、将来のリサーチ概念「自然原価(cost of nature sold、CONS)」について、議論を重ねています。将来的にCONSは一般的な会計用語である「売上原価(COGS)」と同じような存在になるかもしれません。

まとめ

私たちは、気候変動と同様に、科学的コンセンサスに基づき生物多様性の損失が多くの企業の重大な財務リスクになり得ると考えます。現在は生物多様性に関する適切なデータや情報開示の基準がないため、投資判断に本格的に組み入れるまでには至っていません。しかし、生物多様性に関する理解を深め、生物多様性のリスクが最も顕著な分野を特定し、スチュワードシップ活動を進化させていくことが重要と考えます。ウエリントンは引き続き、生物多様性の損失がもたらす投資リスクについてリサーチを進め、理解を深めると共に、知見を共有していきます。

生物多様性に関する業界のイニシアチブおよび団体

  • TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、自然関連財務情報開示タスクフォース)
  • Ceres(Coalition for Environmentally Responsible Economies、環境団体と社会的投資団体の連合連合)
  • PBAF(Platform for Biodiversity Accounting for Financials)
  • GIIN(Global Impact Investing Network、グローバル・インパクト・インベストメント・ネットワーク)
  • IPDD(Investors Policy Dialogue on Deforestation、森林破壊に関する投資家の政策対話)

 

1IPBES glossary; Source: IPBES secretariat. 2Models of drivers of biodiversity and ecosystem change;  Source: IPBES secretariat. 3Source: WWF (2022). Living Planet Report 2022 - Building a nature-positive society. Almond, R.E.A., Grooten, M., Juffe Bignoli, D. & Petersen, T. (Eds). WWF, Gland, Switzerland. 4Source: IPBES (2019). Global assessment report on biodiversity and ecosystem services of the Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services (Version 1). 5WEF New_Nature_Economy_Report_2020 ; Source: World Economic Forum.

chris goolgasian

クリス・グールゲイジアン

クライメート・リサーチ・
ディレクター
Jenny Xie

ジェニー・シィエ

気候変動物理的リスク・
アナリスト