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経済の変曲点:
気候変動は世界をどう変えるか

2022-12-31
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中国やドイツで発生した大規模な洪水や、米国を襲った山火事やハリケーンなど、近年、深刻な気象災害が多発しています。世界の主要政治指導者をはじめ社会も、経済の脱炭素化に向けた長く複雑な道のりを進まなければならないと、決意を固めています。しかし、金融市場ではインフラ投資、規制、地政学に大きな影響を与えるであろう、この経済の変曲点が過小評価されています。脱炭素社会に向けた目標が実現できるかどうかは、数十年先にならないと明らかになりません。投資家はその間、気候変動が経済成長や資本コスト、企業・産業の業績に、これまで以上に重大かつ深刻な影響を与えるということを考慮すべきでしょう。

ウエリントンのマクロ・チームでは、気候変動を世界経済に大きな変化をもたらす新たなメガトレンドとして着目し、今後も長期的に様々な視点から調査していく方針です。本稿では、脱炭素化に向けて経済が大きく変化することによる、世界・地域・地政学へのインプリケーションについて、気候リサーチ・チームとの共同調査を概説します。

経済ディスラプションへの道

気候変動対策の本格化に伴う経済ディスラプション(創造的破壊)には、3つの要因があるとみられます。

1. 財政支出

気候変動対策には、世界各国で公共・民間の両部門において支出が必要となります。インフラ投資に関して、GDPの1%~2%まで拡大する可能性があります。財政支出とインセンティブの増加に加え、消費行動の変化は、民間企業のイノベーション(技術革新)への投資を後押しするでしょう。

図表1
気候変動の緩和策と適応策から生まれるイノベーション(技術革新)

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出所:ウエリントン・マネージメント。※上記はあくまで一例にすぎません。例示をもって理解を深めていただくことを目的とした概念図です。

2. グリーンファイナンスと規制

資金調達も変化しつつあり、いずれすべてが地球環境問題の改善を支援するグリーンファイナンスに移行する可能性があります。将来的に資本コストは企業の二酸化炭素排出量によって変動し、炭素市場は直接投資が可能となり、その価格が多くの企業にとって業績を左右する重要な要素になるでしょう。

企業や事業プロジェクトのレベルでは資本調達への影響がすでにみられ、今後さらに強まると予想されます。こうした流れは欧州と中国で急速に広がっています。今後米国でも特にグリーンファイナンスのイニシアチブが進んでいる州や地方自治体では重要になっていくと考えます。

3. 地政学的要因

気候変動は資源や水の希少化による紛争や人口移動などを引き起こし、安全保障に影響を与えかねません。また、多くの新興国や地政学リスクが集中する赤道周辺のホットスポットでは、国や地域の情勢が不安定になる可能性があります。国家安全保障と気候政策のシナリオは、いずれマクロ経済や金融市場に様々な影響を与えながら一層複雑に関係していくでしょう。深刻な資源不足は紛争につながり、国防費の増加が予想されます。気候変動への適応策は、気候変動に伴う人口移動や政情不安を防ぐ手立てとなるかもしれません。

地域別見通し

具体的な政策イニシアチブ、コミットメント、潜在的成果は異なるものの、米国、欧州、中国では政策策定を進める強い姿勢がみられます。

米国:気候変動対策は、バイデン政権の最優先課題です。バイデン政権は2050年までに二酸化炭素の排出量実質ゼロと、2035年までに電力部門の脱炭素をめざしています。対策には、持続可能で環境に優しいインフラ整備への投資の拡大、環境規制の強化が含まれます。インフラ投資法案はその他の気候変動対策と合わせて、米国の経済成長率を今後2~3年で0.5%~0.75%押し上げ、米国の長期金利に上昇圧力がかかると予想されます。また、同法案や対策は政府支出の拡大につながり、インフレ率の上昇が続く可能性があります。

欧州:欧州連合(EU)は、2050年までに二酸化炭素の排出量実質ゼロを掲げています。さらに、2030年までに、二酸化炭素の排出量を1990年比で55%削減することも発表しました。EU首脳会議は2021~2027年度予算と欧州復興基金(Next Generation EU)の合意にあたり、支出の30%を気候変動対策に充てることを約束しました。こうした公約は、少なくとも現時点では有権者に強く支持されています。EU は炭素に対する価格や税金を大幅に引き上げ、経済的インセンティブを見直し、炭素集約型の産業への設備投資や支出を大幅に削減すると共に、クリーン支出を促進しています。

中国:中国は2060年までに二酸化炭素の排出量実質ゼロをめざし、「二酸化炭素の排出量が2030年までにピークを迎え、2060年より前に実質ゼロを実現するよう努力する」と表明しています。脱炭素化のペースがすでに経済成長と同じ、もしくはそれを超えているため、排出ピークに関する表明は想定外ではありません。しかし、二酸化炭素の排出量実質ゼロを実行するには、経済構造全体の見直しが必要になります。中国政府は、国のエネルギー構造の見直しとエネルギー効率の向上、炭素価格の設定とグリーンファイナンス・システムの構築、環境的に持続可能な経済活動の枠組みの採用、気候変動の緩和策と適応策、革新的なソリューションへの投資などに取り組む計画です。

他の新興国諸国に関する考察

新興国市場の電源構成(エネルギーミックス)は国によって様々です。再生可能エネルギーに幅広くアクセスできる国もあれば、石油や石炭以外に選択肢がない国もあります。気候変動対策における選択肢と制約は、それぞれの国の状況などに左右されます。すでに世界銀行のような国際機関は、ソブリン債務再編や助成金、その他融資を行う上で、気候変動問題を考慮しています。財政支出や機会費用がかかる取り組みへの動機付けとして、国際協力は不可欠です。

地理的位置、資本、人口分布、主要経済活動の種類を考慮すると、新興国は先進国に比べて脆弱です。そのため、気候変動の緩和策に対する支出の拡大は難しいと考えますが、適応策については支出の必要性が大幅に高まる可能性があります。

経済の全体像

気候変動対策は今後数年間で、支出および規制の両面で経済と金融市場を劇的に変えるでしょう。世界的に見て、今後10年間のGDPと雇用への影響は、設備投資の増加によりプラスに働くと予想されます。長期的にはエネルギー価格が上昇し、エネルギー中心の設備投資の支出や消費が抑制されると考えられます。

持続的な支出の拡大は、世界的に投資と収入の増加といった相乗効果をもたらす一方で、気候変動の影響による地政学的混乱が様々な地域で大国間の競争に拍車をかけることになるでしょう。世界中で脱炭素化に向けた取り組みが進んでも、必要なインフラを整備するために、当初(おそらく今後10年間)は石油の需要が高まり、インフレが進むと考えられます。長期的には、エネルギー価格と炭素価格の上昇も持続的かつ直接的なインフレ圧力につながり、長期金利は実質・名目ともに上昇すると予想されます。

 

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トーマス・ムーチャ

地政学ストラテジスト
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サンチアゴ・ミラン

マクロ・ストラテジスト
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ジュヒ・ダワン

マクロ・ストラテジスト