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グローバル市場見通し:

持続するインフレと経済成長の鈍化:
不安定な組み合わせ

2022-12-31
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要旨

  • 経済成長は鈍化しています。金利上昇、製造業統計の悪化、企業業績および株価バリュエーションの低下見込みを踏まえ、債券に対してグローバル株式をややアンダーウエイトしています。
  • 株式:ファンダメンタルズの観点から欧州と新興国に対して米国と日本を選好しています。中国の経済成長の鈍化は、エネルギー価格の上昇とともに欧州および新興国全体の足かせになるでしょう。
  • 債券:市場の懸念はスタグフレーション(景気停滞とインフレの同時進行)から経済成長の鈍化に移行しているとみられます。そのため利回りやスプレッド、分散の観点から米国のディフェンシブ債券が魅力的となる可能性がある一方で、グロース債券のスプレッドは引き続き脆弱とみられます。
  • コモディティ:構造的なインフレ圧力が世界的な景気減速による需要の鈍化を相殺する以上のものになるため、引き続きコモディティを分散保有する意義があると見ています。
  • 下振れリスク:景気後退、流動性引き揚げによる市場下落、ロシアのウクライナ侵攻の激化などが挙げられます。
    上振れリスク:ソフトランディングのシナリオ(米連邦準備理事会(FRB)の適度な金融引き締め)、中国の金融緩和政策のサプライズなどが挙げられます。

株式市場は2022年に入りすでに売り込まれましたが、1) 緩和的な金融・財政政策の転換、2) 持続的な高インフレ、3) 企業業績および株価バリュエーションの低下リスクの3つの理由から見通しは依然として暗く、今後6~12カ月にわたり株式をややアンダーウエイトしています。米連邦準備理事会(FRB)が市場の救済に乗り出すことはなく、経済が長期的なインフレ目標を達成するまでタカ派姿勢を弱めることはないとするパウエルFRB議長の発言を受けて、バリュエーションが依然として高い米国株式市場は、FRBに「見放された」と捉えられる可能性があるでしょう。一方、米国は家計と企業が健全なバランスシートを維持する優位な立場でこの厳しい局面を迎えており、日本には魅力的なバリュエーションという利点があります。そのため、株式は全面的なアンダーウエイトではなく、ややアンダーウエイトとしており、欧州と新興国より米国と日本を選好しています。

債券市場については、ディフェンシブ債券をややアンダーウエイトから中立に引き上げました。市場の懸念はスタグフレーション(景気停滞とインフレの同時進行)から経済成長の鈍化に移行していると考えますが、フェデラルファンド(FF)金利先物はFRBのタカ派的な予想より多くの利上げを示唆しています。高格付け債券の利回りが約4.5%に上昇したことで投資妙味が増しており、なおかつ経済成長の減速と市場の期待がさらなる金利上昇を抑制すると考えます。グロース債券についてはややアンダーウエイトの見方を維持しており、グロース債券の中ではいずれのセクターも偏りはありません。コモディティについては強気の見方を維持していますが、景気減速により需要がわずかに落ち込む可能性があるものの、エネルギーおよび金属の供給を制限している構造的な問題が優勢になるとの考え方を踏まえ、ややオーバーウエイトに引き下げました。

株式:欧州と新興国に対して日本と米国を選好

日本株式と米国株式についてややオーバーウエイトの見方を維持しています。日本株式のバリュエーションは、主要先進国の中で最も魅力的であり、円安が有利に作用しています(図表1)。他の多くの先進国とは異なり、日本は持続的なデフレ圧力という長期的な環境を背景に、インフレ率の上昇から恩恵を受けると考えられ、日本の株式市場は世界の投資家からは持たざるリスクと言えます。

日銀は、他の中央銀行が引き締めに転じても、イールドカーブ・コントロールを堅持しており、日本は他の地域より緩和的なポリシー・ミックスを採用しています。この点を、より明確なコーポレートガバナンスの改善と低いバリュエーションと併せて考慮し、日本株式は現地通貨ベースで他の地域を上回る年初来のパフォーマンスを継続すると予想しています。

米国株式はその性質上投資デュレーションの長いテクノロジー株や割高なグロース株への比率が構造的に高いことから特に最近の下落の影響を受けています。この市場のリプライシング(価格調整)はまだ終わっていない可能性があるものの、世界経済の成長リスクを背景に地政学的な不透明感が高まる環境下で、米国市場は他の地域より相対的にディフェンシブであることが優位性となり得ます。

欧州は世界景気に左右されやすく、中国の経済低迷を受けて、より不安定な成長環境にあります。欧州については、金融引き締め状況が購買担当者景気指数(PMI)に影響を与え始めているため、ややアンダーウエイトの見方を維持しています。欧州中央銀行(ECB)は、インフレ懸念が依然として前面にあるため、6月の利上げおよび第3四半期(2022年7-9月)の量的緩和終了の可能性を示しました。ウクライナ侵攻は、各国がロシア産石油・天然ガスからの依存脱却を図る中、引き続き経済に圧力を加えています。

新興国株式のバリュエーションは低くリスクプレミアムは厚いものの、中国は新型コロナウイルス感染症および規制政策に関して長引く可能性のある不透明感に見舞われており、これらの状況が改善しパフォーマンスの反転を引き起こす要因はみられません。経済規模が大きい他のアジアの新興国も、世界経済の成長鈍化(韓国、台湾)およびエネルギー価格高騰(インド)などの逆風に見舞われています。エネルギーや食品の価格高騰は、多くの新興国に影響を与え、政治危機のリスクを高める可能性があります。新興国株式の中では、コモディティへのエクスポージャーを考慮し、中南米を選好しています。

図表 1
日本株式のバリュエーションは最も魅力的な水準
直近20年のパーセンタイル順位

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出所:MSCI、データストリームのデータに基づきウエリントン・マネージメント作成。2022年5月31日時点。
パーセンタイル順位は比率が低くなった期間の割合を示します。パーセンタイル順位が高い場合は割高なバリュエーションを示す場合があります。※上記は過去の実績であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。実際の結果は予測と大きく異なる場合があります。

供給の制約と地政学リスクがコモディティを下支え

設備投資不足および数十年来の底値にある在庫水準に起因する構造的なインフレ圧力を踏まえ、引き続きコモディティを分散保有する意義があると見ています。しかし、リスクがスタグフレーションから経済成長の鈍化に移行する中での需要低迷を考慮し、コモディティの見方をオーバーウエイトからややオーバーウエイトに引き下げました。

経済成長の減速が価格下落圧力となる可能性を踏まえて、アルミニウムなど深刻な供給ボトルネックがある産業用コモディティや、石油など対ロシア制裁により直接打撃を受けたコモディティを選好しています。石油市場は依然として逼迫していますが、ロックダウン(都市封鎖)に起因する中国の景気減速および需要への影響が懸念されるため、強気の見方を幾分弱めています。

債券:金利は天井に到達か?

米10年国債利回りが約3%の水準で頭打ちになるという楽観的な見方を幾分強めている要因は3つあります。第1に、パウエルFRB議長がインフレ抑制に強い覚悟を示している結果として、大幅な金融引き締めがすでに織り込まれています。先物市場を見ると、投資家は5月初め、フェデラルファンド(FF)金利が2023年末までに約3.5%に達すると想定しており、これは現在の水準を約250ベーシスポイント上回ります(図表2の水色の線)。第2に、利上げが資産価格や住宅購入件数、製造業を通じて実体経済に浸透し、金融状況の引き締まり(図表2の青色の線)に反映される中、経済成長はすでに減速しています。第3に、仮にFRBが引き締めを逡巡しこれを後退させれば市場の信頼を失うリスクに直面するでしょう。またその場合でも債券市場は抑制されないインフレを織り込んで金利上昇となる可能性があるため、経済はいずれにしても減速すると見ています。

高格付け債券の中では、欧州国債と比べ米国債と投資適格社債を選好しており、日本国債については中立の見通しです。FRBは先進国の中で最もタカ派色が強い中央銀行ですが、市場は政策を適切に織り込んでいると考えます。欧州は、ドイツ10年国債利回りが約1.10%ですが、インフレ率が2022年5月時点で8.1%と非常に高く、ECBがタカ派色を強めていることから下落余地が大きいと見ています。日本では、インフレ率が約2.5%と、日銀が長く待望してきた目標をわずかに上回っています。インフレ上昇懸念により日銀が10年物日本国債利回りの変動許容幅を拡大させたとしても、利回りの上昇リスクは限定的と考えています。

2022年5月31日時点で米国社債は4.2%の利回りがあり、投資家は中央値を上回るスプレッド水準でクーポンを安定的に積み上げるであろうと考えます。しかし私たちは、より高リスクの発行体は経済成長の減速に伴いスプレッドが拡大するおそれがあると見ています。

図表 2
市場はFRBの大幅な引き締めを織り込み済み
米国金融状況指数(FCI)およびフェデラルファンド(FF)金利先物契約 (%)

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出所:ブルームバーグのデータに基づきウエリントン・マネージメント作成。期間:2021年12月31日~2022年5月31日。米国金融状況指数は、米国金融市場、株式市場、債券市場のイールドスプレッドと指数を統合し正規化した指数です。これは金融危機(2008年7月)以前の水準と比較し現在の金融状況がどれくらい標準偏差を逸脱しているかを示すZスコアです。FF金利先物契約は2023年6月限です。上記は過去の実績であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。実際の結果は予測と大きく異なる場合があります。

リスク

景気後退は私たちの基本シナリオではありませんが、その可能性が高まっています。景気後退は、インフレ反転を目的とした金融・財政政策の引き締めが政策ミスとなる可能性が高まった際に生じる下振れシナリオです。

中央銀行の引き締めは、住宅など最も金利感応度が高いセクターに影響を与え始めており、消費者信頼感の悪化が続いています。一方で、長期にわたる低金利と過剰流動性は、一部の分野で誤った資本配分につながってきたと考えられ、それらの分野は今後流動性が低下した際に露呈する可能性があります。その場合、過去に流動性が低下した局面と同様に、リスクが顕在化し市場の下落を引き起こす可能性があります。

その他の下振れリスクは、ロシアのウクライナ侵攻が激化し、欧州がロシア産の石油のみならず天然ガスの購入を全面的に停止せざるを得なくなることです。さらに、世界的な不透明感は企業の業績見通しを押し下げ始めており、企業の減益見通しは株価急落を引き起こします。今後、業績予想はさらに下方修正される余地があると見ています。

一方、インフレが経済成長に打撃を与えることなく低下するというソフトランディングは基本シナリオではありませんが、これが上振れリスクとなります。米国では、在庫売上高比率が底入れした模様であることなど、モノのインフレを含めインフレがピークをつけた可能性を示す指標がみられます。サービスのインフレは、経済再開の圧力により堅調に推移していますが、住宅市場低迷の初期の兆候は住宅価格や帰属家賃などの下落につながるでしょう。

中国は経済縮小に対抗して数多くの緩和政策を実施しており、一部の高官は追加政策を推奨しています。しかしながら、中国政府の「ゼロコロナ」政策は、景気刺激策の効果的な浸透を阻害する可能性があります。

財政出動はほとんどの地域でコロナ禍の水準と比べると減少していますが、欧州連合(EU)と英国における財政政策は、従前のプログラムの継続や、生活費増加の影響の緩和をめざした補助金のため、拡大基調を維持しています。2022年下半期の追加的な財政刺激策が、特に中国と欧州において上振れリスクとなり、世界経済の成長減速を部分的に相殺する可能性があるでしょう。

投資へのインプリケーション

クオリティを選好 — 金融システムから流動性が失われる中で、私たちは世界的な景気減速を予想しているため、株式をややアンダーウエイトし、特定のセクターではなくクオリティを選好しています。価格決定力、長期的な利益率の安定性、健全なバランスシートを持つ企業は、継続するサプライチェーンの混乱、コスト上昇圧力、ボラティリティ上昇を背景に魅力が高まると考えます。

ボラティリティ上昇を背景に債券を堅持 — 利回りの観点から、米国債と投資適格社債は株式に十分に匹敵すると考えます。現在のバリュエーションで、高格付け債券は、ポートフォリオのボラティリティを低減するとともに、世界景気の鈍化に伴うさらなる株式下落に対してある程度のプロテクションを提供する可能性があります。

引き続きインフレヘッジを追求 — コモディティ関連企業が設備投資および生産の拡大を計画している兆候はありません。そのため需要と供給の不均衡が継続してコモディティ価格を構造的に高止まりさせる可能性があると見ており、コモディティ関連株式、物価連動債、一部の実物資産を選好しています。

慎重なクレジット投資 — 私たちの予想通り、経済成長が今後6~12カ月にわたり減速する場合、ハイイールド債券のスプレッドはさらに拡大すると考えますとはいえ、転換社債、証券化商品、短期クレジット、住宅関連資産に選別的な投資機会があると見ています

Nanette Abuhoff Jacobson

ナネット・アブホフ・
ジェイコブソン

グローバル・インベストメント兼
マルチアセット・ストラテジスト