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クレジット投資はボラティリティと景気サイクルの復活から恩恵を受けるか

2023-07-31
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経済環境の変化

クレジット市場では、ボラティリティが低く、取引が容易に成立するという状況が長らく続きました。しかし、2022年に入ってからは、ボラティリティが上昇し、呼値スプレッドも拡大するなど、環境変化が認められます。この新たな投資レジームの到来で、市場の流動性は低くとも、長期志向のグローバル・クレジット運用者にとっては、投資機会が大幅に増加する可能性があります。個別銘柄とセクター両レベルでのミスプライスと固有の要因に基づくスプレッド格差の拡大を活用することができるからです。このような中、短中期のボラティリティに惑わされず、トップダウンのマクロ分析とボトムアップのセクター・銘柄分析の組み合わせにより、割安なクレジットに投資を行い、満期まで保有する戦略が有効であると考えます。

クレジット市場が脆弱な理由

世界金融危機以降、クレジット市場の脆弱性は徐々に高まりました。クレジットの投資ユニバースが急激に拡大した一方で、証券会社のマーケットメイクの能力は低下し、クレジット市場の流動性が低下しました。例えば、2008年1月から2022年5月までの間に、米国クレジット市場の規模は2兆8,800億米ドルから9兆5,800億米ドルへと拡大しましたが、米国のディーラーのクレジット保有額は約700億米ドルから次第に減少し、最終的に100億米ドル未満まで縮小しました1。この世界金融危機以降の証券会社によるクレジット保有額の減少は金融危機の再発を防止するための規制改革によるものです。この規制強化に金融システムへの信頼低下が相まって、セルサイドはマーケットメイクとクレジット保有に消極的になりました。 

ところが、つい最近までは、クレジット市場の規模と証券会社のクレジット保有額との不均衡が大きな問題となることはありませんでした。世界金融危機や直近ではコロナ禍の経済への影響を緩和するために、各国の中央銀行が市場に介入していたからです。すなわち、量的緩和策(QE)や、「利回りを求める」環境を生み出したゼロあるいはマイナス金利という形の大規模な金融緩和策の実施です。この中銀による流動性供給と金融緩和のほとんどは資産市場に再循環され、結果として、極端な低インフレと低金利を背景に、利回りの大幅低下、スプレッドの縮小、低ボラティリティの環境を生み出しました。

対照的に、今私たちが目にしているのは、中銀による流動性供給が急激に縮小する環境です。事実、2022年6月は2019年以来初めて、主要中銀のバランスシートの規模が縮小した月となりました。合計で月額約3,000億米ドルもの資産が購入されていたわずか6カ月前とは様変わりです。この主要中銀のスタンスの変化に加えて、欧州での資産購入策の終了は、世界のクレジット市場にとって逆風となり、流動性の低下、ボラティリティの上昇、銘柄間やセクター間の格差拡大につながっています。このようにクレジット市場は脆弱化していますが、グローバル・クレジット運用者にとって有利な構造変化も迎えています。

1出所:バンクオブアメリカのリサーチ、ブルームバーグ米国市場の規模はICEバンクオブアメリカ米国社債指数とICEバンクオブアメリカ米国ハイイールド債指数の構成銘柄の額面価額の合計。

図表1
主要中央銀行の月間資産購入額の推移(億米ドル)

changes in monthly asset purchases by major central banks

出所:Refinitiv、各国中央銀行のデータに基づきウエリントン・マネージメント作成。2022年5月10日時点。※上記は過去の実績および将来の予測であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。上記はあくまで例示目的で示しています。

景気サイクルの復活

コロナ禍が始まって以来、経済の供給能力の柔軟性は大きく損なわれ、需要に応じた調整に時間を要するようになりました。必然的に、一国の経済全体の需要と潜在的な生産能力との差を測定した需給ギャップの概念が再び意味を持ち、インフレ率が上昇し、その変動性が高まっています。さらに、エスカレートするロシア・ウクライナ紛争がエネルギー不足と供給制約のリスクを高め、このインフレ動向の変化を増幅させています。欧州の混乱に加えて中国の新たなロックダウンも、成長とインフレ安定という2つの使命を持つ各国中銀の政策運営を一層困難なものにしています。過去20~30年間の環境とは異なり、現在は経済成長率の達成とインフレ抑制の間に明らかなトレードオフ関係が認められます。 

政策当局が望まないシナリオが現実化する可能性が高まっていることは、先進国のインフレ高騰に見て取れます(図表2)。米国、欧州、英国などの主要中銀はインフレファイターとしての信頼性の回復に躍起となり、景気低迷を招くほどに金融を引き締め、そうすることで、景気の変動性を高めています。 

図表2
先進国のコア・インフレ率(%)

advanced economy core inflation rate

出所:Refinitivのデータに基づきウエリントン・マネージメント作成。2022年6月22日時点。期間:2001年1月15日~2022年6月15日。※上記は過去の実績であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。

成長率とインフレ率のトレードオフ関係に対する考え方の違いに加え、地政学的リスクや公衆衛生上の問題など、他の要因によっても、各地域における利上げサイクルに違いが生じることになるでしょう。つまり、世界の中銀はいずれもインフレ目標を維持するものの、目標からの乖離をどの程度容認するかは国ごとに異なるため、各国固有の方向性が再び重要になるということです。成長率減速の容認に最も消極的な国は構造的なインフレ高騰に見舞われ、結果として、最も高いリスクプレミアムが金利に織り込まれることになるでしょう。図表3はこの極めて不安定な環境下で予想短期金利の格差が拡大傾向を辿っていることを示しています。 

さらに、循環的・構造的、両面の要因でインフレ率は上昇しているので、金融政策当局は反応関数(経済変数に対する金融政策の反応を示す関係式)に対する考え方を見直し、当局が機先を制してリスク市場を下支えするという投資家との暗黙の合意を解消する必要があります。要するに、各国中銀はもはやボラティリティを抑制する側ではなく、ボラティリティを創出し景気サイクルを後押しする側に回っています。これは景気サイクルに連動する市場ボラティリティが以前よりも高くなることを意味します。しかし一方で、短期的なボラティリティに惑わされずに、市場が最も必要な時に流動性を提供できる長期投資家が活用できる投資機会が増えるということでもあります。

図表3
短期金利見通し(%)

short term interest rate outlook

出所:経済開発協力機構(OECD) (https://data.oecd.org/interest/short-term-interest-rates-forecast.htm#indicator-chart)のデータに基づきウエリントン・マネージメント作成。2022年6月22日時点。短期金利見通しは短期金融市場3カ月物金利の予測値(%)。予測データは、モデルに基づく分析と統計的指標モデルを組み合わせて用い、各国と世界全体としての経済状況を総合的に評価した算定値。※上記は過去の実績および将来の予測であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。

今後の利回り上昇とスプレッド拡大の可能性

最近の市場動向が多くの債券投資家にとって痛みを伴うものであったことは疑いの余地がありません。しかし、現時点での売り越しは単に実現損を計上したに過ぎず、時間の経過と共に市場が回復すれば、この損失幅は縮小するでしょう。さらに、キャリーによっても損失の一部は回復されます。

このような中、あらゆる債券セクターは現在、最低利回り(YTW:途中償還の可能性がある債券について、最も不利な条件で償還が行われた場合に想定される利回り)とオプション調整後スプレッド(OAS)の両方の観点で割安であるため、買いの好機にあるとみています。YTWに基づき買いの好機と判断することは、この指標が過去数カ月間高い水準にあったことからすると、特に目新しい考え方ではありません。しかし、YTWが長期リターンの予測に適した指標の一つであることを考慮すると、注目に値します。スプレッドも欧州、米国、英国のすべての市場で長期的平均を上回っています。欧州のクレジット・スプレッドは最も大きく拡大しています。欧州社債の現在のスプレッドは2022年初めの水準から100ベーシス・ポイント(bps)拡大した一方で、米国と英国の社債スプレッドのそれは60bpsです。 

しかし、利回り上昇とスプレッド拡大がいつまでも続くことはないでしょう。深刻なリセッションに陥ることなく、経済が金利上昇に耐えることはできないため、どこかの時点で落ち着くとみられます。米国債の逆イールドなど、最近の市場動向を考慮すると、米国経済が来年リセッション入りするリスクは大幅に高まっており、主要国経済も本年末に向けて一段と減速するとみています。これらを踏まえると、特に、最も大きく利回りが上昇し、スプレッドが拡大した欧州について、高利回りと拡大したスプレッドから獲得できるリターンを確定する好機であると考えます。 

まとめ

今後については、「大きすぎて潰せない」から「大きすぎて取引できない」という環境の変化を踏まえ、グローバル・クレジット市場が流動性の縮小により一層の波乱を経験する可能性を予想しています。また、グローバル市場のボラティリティは景気サイクルに連動して上昇すると予想されます。流動性の低下にボラティリティの上昇が相まって、確固としたトップダウン分析とボトムアップの銘柄・セクター選択を運用プロセスに組み入れた長期志向のグローバル・クレジット投資戦略にとっての投資機会が増えることになるでしょう。短中期のボラティリティに惑わされることなく、現在の高い利回りと拡大したスプレッドに基づき魅力的な銘柄やセクターに投資を行えば、銘柄固有の要因による銘柄間格差の拡大、景気サイクルに連動した物色セクターのローテーションの恩恵を受け、今後数年に亘り着実なトータルリターンを獲得できる可能性があります。

mahmoud el shaer

マフムード・エルシャー

債券ポートフォリオ・マネジャー
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アナベル・グレイ

インベストメント・スペシャリスト