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2022年市場展望:債券

新たな金利パラダイムの到来

2022-12-31
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下記コメントは2021年11月末(米国時間)時点のものであり、将来予告なく変更される場合があります。

2021年も終盤に入り、世界の金融政策の枠組みが劇的かつ多少唐突に変化しています。とりわけ、主要先進国の中央銀行は景気と市場の動向を睨みながら、従来のフォワード・ガイダンス(金融政策の先行き指針)から、柔軟性が高く、リスク管理を重視する政策へと徐々に軸足を移しています。最近の各国中央銀行の政策決定は、市場参加者から金融政策当局が信頼に足る景気の予測者または推進者と見なされなくなる可能性を示しています。 

今や、先進国の中央銀行、特に米連邦準備理事会(FRB)は根強い供給側の要因によるインフレや根本的な変化を遂げた労働市場の問題を解決する自らの能力に限界を感じています。主要国で実質的に新型コロナウイルス禍以前の水準に戻るなど、失業率が低いことは、早期退職や移民の減少、雇用支援対策、さらには労働参加率の低下といった新型コロナウイルス感染症の複合的影響で有効な労働力が構造的に失われたことを示しているのかもしれません。世界各国の政策当局は、どの程度が「一時的な雇用喪失」で、最終的には回復する可能性が高いものなのか、あるいは、それは永遠に復活しない可能性が高いものなのかを未だに判断しかねています(図表1)。

図表1
15-64歳の就業率(%)

2022 fi rates outlook figure

出所:セントルイス連邦準備銀行のデータに基づきウエリントン・マネージメント作成。期間:2000年10月~2021年10月。※上記は過去の実績であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。

金融政策に手詰まり感

こうした金融政策の移行がもたらす中期的影響の一つは、世界各国の中央銀行が伝統的な政策ツールキットの中に使える武器とそこに込める弾を見つけられなくなることです。  

例えば、イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)に併せてフォワード・ガイダンスやレトリック(効果的な表現)を使っても以前ほどの効果や信頼性はないと見なされ、それゆえに、それらが中央銀行の政策運営において果たす役割は小さくなる可能性があります。同様に、ほとんどの中央銀行は今や量的緩和(QE)が相次ぐ市場の動揺を鎮めるには有効であっても、政策目標に沿った持続可能なインフレ率の達成に適した手段ではないことを認識しています。つまり、中央銀行が現在直面するリスクは、金融引き締めが時期尚早であった場合、流動的な経済・市場の動向に応じて自由に使えるツールがほとんどないということです。  

一般的に、今もなお政策措置が「遅すぎる間違い」よりも「早すぎる間違い」の潜在的コストの方が大きいと考えられています。加えて、足元の市場動向は、金融引き締めは供給不足によるインフレ率上昇に対しても最善の策なのかという長年の疑問を再浮上させています。そして、物価の上昇それ自体が物品やサービスに対する需要を落ち込ませることで景気減速の下地となるのではないかという問いも投げかけられています。

主要中央銀行の対応

世界の市場と政策当局は当面インフレ率は高水準で推移する(以前から期待されていた「一過性」ではなく「持続的」なもの)との見方で一致しています。しかし、主要中央銀行の政策対応にはこれまでのところ幾分かばらつきがみられます。

  • FRBはテーパリング(量的金融緩和縮小)スケジュール前倒しへの要求だけでなく、早期の利上げ着手という考え方を退けてきました。一方で、パウエルFRB議長はテーパリングのスピードと利上げ時期の両方について、様々な選択肢があることを示唆しています。  
  • オーストラリア準備銀行(RBA)はイールドカーブ・コントロールを撤廃するか、少なくとも目標を変更することを決定しました。
  • 欧州中央銀行(ECB)は最近、今のところ効果は限定的であるものの、市場の不安を和らげるために、ハト派的な発言で早期利上げを求める声に反論しました。
  • イングランド銀行(BOE)は英国政府の新型コロナウイルス雇用対策の効果が確認できない限りは利上げに踏み切らない予定です。
  • 日銀とスイス国立銀行(中央銀行)は市場の利上げを織り込む動きに遅れを取っています。他のG10諸国の大半は2022年中に利上げサイクルに着手すると予想されます。

本稿執筆時点(2021年11月末)で、FRBのテーパリング・スケジュールについての私たちの基本的な見通しは2022年6月頃までにそれが終了するというものです。FRBは必要に応じてテーパリングのスピードを上げる選択肢を手放してはおらず、今後数カ月間にさらに踏み込んだ意思が示されれば、市場が織り込みつつある最新の予想の正当性が証明されるのかもしれません。(市場は現在のところ、来夏に利上げ転換、11月に追加利上げが実施されると見ています。)FRBはテーパリングの終了と初回の利上げには時間差がある方が望ましいとの考えを示していますが、ここでもまた柔軟に対応すべきとのモットーを掲げています。従って、最近の賃金上昇圧力が「硬直的」であることが判明すれば、方針を変更するかもしれません。 

BOEの政策については、現時点では、若干ハト派的な軌道をたどるのではないかと見ています。BOEは最近、雇用情勢やその他の要因の不確実性を理由に利上げを見送り市場を驚かせました。一方で、将来何らかの需要ショックが起こっても、金利が下限にある状態では金融緩和に限界があることも認めています。これは、金融政策の正常化が「段階的」に進められることを示唆しています。

RBAが示したイールドカーブ・コントロールに関する方針を受けた動きではあるものの、オーストラリア短期国債利回りに織り込まれた市場のタカ派的予想には、若干行き過ぎの感があります。私たちはオーストラリアなどアジア太平洋地域の国債市場に対する前向きな見方を維持しています。 

財政政策が前面に

短期債利回りの動きは世界の中央銀行の忍耐力と覚悟を試しています。一方、長期ソブリン債はイールドカーブのフラット化という形で反応しており、これは政策ミス(例えば、時期尚早の引き締め)の可能性が高いことを示しています。この現象は米英の債券市場において特に顕著です。短期債利回りの最近の変化の大部分は利上げサイクル開始の延期ではなく、利上げタイミングの「前倒し」を織り込んだ結果であるようです。従って、市場の方向性を左右する要因として、財政政策が金融政策に取って代わるのではないかと見ています。 

米国の人的・物理的インフラ投資法案が議会を通過した場合、市場は政府投資が今後数年間増加するとの見方を強めることになります。そして、これは最近数カ月の米国債イールドカーブの極端なフラット化を(少なくとも当面は)崩す有効な材料となるかもしれません。一方、欧州と英国は共に今後の財政政策として企業支援支出を高水準で維持する公算が大きく、さらに、引き上げる可能性もあり、2022年の中間選挙後に政府支出の増額が行き詰るかもしれない米国とは対照的です。

気候関連への投資ニーズの高まりと財政赤字の拡大を良しとする社会政治学的傾向は、世界的に今後数年間金融政策に比して積極的な財政政策が採られることを暗示しています。 

新興国と中国の情勢

新興国の中央銀行はインフレ圧力を抑え込むため前倒しで利上げを行うなど、先進国とは大きく異なる政策を採ってきました。新興国の現在の利上げサイクルは、インフレ期待を抑制し、通貨下落とそれによる不安定化を避ける目的で進められてきました。結果として、それは多くの国の現地通貨建て債券の逆風となりましたが、一部の新興国資産において新たな価値を生み出すことにもなりました。中国の現地通貨建て債券は、歴史的に他のソブリン債との相関が低いため分散化効果が期待できる魅力的な投資対象です。さらに、中国の経済と政治のサイクルは他の新興国とは異なる局面にあります。経済成長率が減速しているため、中国人民銀行(PBOC)は金融情勢を考慮し、最終的には金融緩和に踏み切る可能性が高いでしょう。 

中国経済について、PBOCの政策基調が概ね緩和的であるならば、成長率の一層の下振れは限定的であると見ています。この「緩和政策、そして成長率の回復」というお決まりのパターンを妨げるかもしれない不確定要素が2つあります。すなわち、国民の住宅購入意欲の大幅な低下と一層のインフレ加速です。しかしながら、中国の実体経済の低迷がコモディティ価格を押し下げるには至っていないことは、他のアジア太平洋地域諸国の成長率に波及していないのと同様に、足元の景気サイクルの際立った特徴です。 

世界的なインフレ:新たな脅威となるか

世界のインフレ動向は紛れもなく変化しており、改善しない可能性が高いでしょう。新興国か先進国かを問わず、経済成長率が低下しているにもかかわらず、インフレ率はすでに新型コロナウイルス禍以前のピークを超えています(図表2)。一時的な現象、つまり、新型コロナウイルス禍の影響によるサプライチェーンのボトルネックが原因の一つですが、インフレ率の持続的な上昇という世界的な構造変化を反映しているようにも見えます。それでは、このインフレの要因は何なのでしょうか。実は、過去30年間にわたりインフレ率を抑制してきた主要因の多くは今や後退し始めています。そして、その大半が、長期的なインフレ効果の高い世界的な現象、つまり、脱グローバル化、サプライチェーンの現地化、新型コロナウイルス禍による労働力不足、消費者の嗜好と習慣の変化などに道を譲りつつあります。

 今後6カ月間の景気の道のりは険しく起伏の激しいものになるでしょう。しかしながら、私たちは現在進行中の世界景気のサイクルは多くが恐れる「スタグフレーション」ではなく、一種のリフレーションで大詰めを迎える可能性が高いと見ています。多くの消費者がパンデミック時に貯めこんだ貯蓄を取り崩し、企業は設備投資を拡大し、政府の政策、特に財政政策は引き続き支援的だからです。例えば、インフレによる実質賃金の圧迫や景気サイクルの反転、新型コロナウイルス感染症の再拡大、時期尚早の引き締めなどの出来事が複数、または、いずれかが起こったとしても、スタグフレーションよりもリセッションのリスクの方が高いと見ています。 

いずれにしても、世界的なインフレ率の上昇を受けて、各国中央銀行は「景気過熱」の容認、または、その状態の長期化によるリスクとリターンのトレードオフの見直しを行っています。従って、投資家はもはや景気低迷が常にこれまで以上の流動性供給をもたらすとの期待を持つべきではないと考えます。これを念頭に置くと、雇用情勢は十分に改善し、インフレ率の上昇を相殺できるほどに賃金が上昇しているのかということは、極めて重要な(そして、未だ答えられていない)マクロ経済上の問いであることが分かります。インフレ以上に賃金が上昇しているならば、インフレは持続し、金融政策は市場の予想より早くかつ大幅に引き締められることになります。逆の場合は、消費者の購買力は次第に弱まるので、景気は悪化するでしょう。 

図表2
インフレ率は新型コロナウイルス禍以前のピークを超えた

2022 fi rates outlook figure 2

出所:ブルームバーグのデータに基づきウエリントン・マネージメント作成。期間:2010年1月31日~2021年10月31日。※上記は過去の実績であり、将来の運用成果・市場環境等を示唆・保証するものではありません。

米国のインフレ、生産性、賃金

現在のところ、私たちは、米国では単位労働コストが上昇し、FRBと市場の予想以上にインフレが持続すると見ています。パイプラインコスト圧力、供給ボトルネック、小売業の値上げ意向により物品価格は高止まり、下落に転じるのは1年後になるとみられます。同時に、国内生産ギャップや労働市場に対する敏感度がより高いコアサービス物価も上昇を始めるでしょう。私たちが算出している先行指標が正しいとするならば、それらは全てインフレ率がFRBの2022年予想から上振れるリスクを示しています。特に雇用がある程度改善していることを踏まえ、いずれはFRBもインフレは「一過性」との見方を真剣に疑い始めるのではないかと見ています。私たちの見通しにとってリスクとなり得る設備投資と今後の財政政策の中身を注意深く見守っていきます。 

FRBは労働参加率上昇の可能性に照らして、米国の生産性の向上について楽観的な見方を示しています。この見通しは、1)長期的なインフレ率は約2.0%で落ち着く可能性が高い、2)米国内には依然として余剰労働力が存在する、というFRBの信念の根拠となっています。最近の生産性・賃金・インフレ率の統計は必ずしも上記の見方を裏付けるものではありませんが、足元の労働力不足や米国の人口動態などの要因を考慮すると、FRBの楽観論は正当化されるでしょう。FRBが構造的な生産性向上に対する考えを大幅に修正するには時間を要すると考えられます。

コモディティ価格と脱炭素化

コモディティ価格は世界と米国両方のインフレ見通しにとって決定的な要因となるでしょう。OPECプラスの反応関数に変化が生じる可能性(原油価格の上昇を容認する姿勢を若干強めるなど)と米国の原油生産の比例的増加を阻むシェールオイル規制の両方もしくはどちらかが2022年に原油価格を一層押し上げる可能性があります。 

少なくとも各国が天然ガスなどの「ブリッジ燃料」を含む、化石燃料から再生可能エネルギーへの実行可能な長期的エネルギー移行計画を策定するまでは、脱炭素化の進展は世界経済の成長率をある程度抑制することになるでしょう。一方、コモディティ価格が「経済再開関連」需要と景気回復に影響を及ぼしつつある兆候がみられます。しかし、米国において消費動向が堅実になることは稀と言えます。大幅な労働力不足と概ね小幅な賃金上昇の環境下で、特に低所得者層が支出を増加させるからです。米国は、日本や英国、ユーロ圏のようなエネルギーを輸入する先進国よりも昨今の「エネルギー騒動」をうまく乗り切れると見ています。加えて、米国の対中国貿易は、オーストラリアやニュージーランド、日本と比較しごくわずかな規模であると考えます。 

まとめ

  • 世界の市場から金融政策当局が信頼に足る景気の予測者または推進者とは見なされなくなる可能性があります。先進国の中央銀行は、最近の市場のタカ派的な予想ではなく、ハト派的で市場に友好的な結果の達成に苦戦しています。
  • インフレ率の上昇と経済成長率の減速への懸念が高まる中、市場は利上げサイクルの延期よりもむしろ利上げ時期の前倒しを予想しており、これにより長期的なマクロ経済見通しに対する市場の信頼感が揺らいでいます。
  • 世界的な貿易摩擦とパンデミックは、脱グローバル化や、企業の在庫積み増しを促すサプライチェーンの現地化といった長期的テーマをもたらし、インフレリスクの特徴を一変させました。
  • 中央銀行は次の疑問の間で微妙なバランスを取ることを迫られています。すなわち、金融引き締め政策は消費者物価上昇の抑制に有効なのか、それとも、インフレ自体が景気悪化の下地となるのか、という2つの疑問です。このジレンマに対して先進国と新興国は異なる対策を採ってきました。
  • 脱炭素化へと向かう不可避のトレンドは、少なくとも、より多くの国が実行可能な長期的エネルギー移行計画を策定するまでは、世界の経済成長をある程度抑制することになるでしょう。  
  • 私たちは現在、米国・英国・欧州のデュレーションをアンダーウエイトとし、韓国・オーストラリア・中国などのアジア太平洋地域のデュレーションを小幅にオーバーウエイトしています。
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アマー・レガンティ

インベストメント・ディレクター
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ジトゥ・ナイドゥ

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